インカレ初勝利は我慢からの逆転ゲーム
タイムアップのブザーが鳴り響き、#17山本(4年・PG兼学生コーチ)が小さく拳を握りしめた。広島大のインカレ初戦は、対九州産業大に64-58。山本が3度目のインカレで初めて経験した、勝利の瞬間だった。そして、試合中は冷静に司令塔、あるいは指揮官としての姿勢を崩さなかったが、応援してくれた人たちに向け、最後はようやく学生らしい表情に戻って笑顔を見せた。
「固い試合でした。我慢勝負になると思いました。3Qでちょっと相手に持っていかれてしまいましたが、準備していたところで粘り切れました。あそこでパニックにならないところは、学生主体の強みかなと思います。ああいうときに頼る人が自分たちしかおらず、やるしかない状況になるので」
高校時代は福岡大附属大濠でキャプテンを努めた。筑波大の#92中田(4年・PG)、#7浅井(4年・PF)、早稲田大の#12土家(4年・PG)らが同期だ。広島大に進んだ山本は今季キャプテンを努め、同時に学生コーチとしてチームの指揮を執る。7月の新人インカレでは指揮官としてチームを率いたが、4年目の集大成を見せるインカレでは、プレーをしながらコーチをこなすという、選手兼監督の二刀流の姿を全国の舞台で披露した。
この試合は、身体を動かしつつ脳はずっとフル回転していた。立ち上がりから両者得点が入らず、3Qには一時相手に流れを持って行かれそうになった。
「脳内は忙しかったです。3Qの頭でゾーンに変えようか、どうしようか。自分のシュートも入らないなあ、シューティングしてるんだけどなあ、って考えつつも(苦笑)、誰がファウル何個だっけ?次の戦術はどうする?と、いろんなことを考えていました」
しかし最終的には「準備していたことで粘りきれた」と、嬉しい1勝をとなった。
試行錯誤しながら形にしてきた、プレイヤーとコーチの両立
選手権監督は、一瞬たりとも休まる時間がない重責だ。スコアシートにサインをするところから、山本の仕事は始まる。試合開始前にはベンチに座ったスタメンたちに作戦ボードを持って語りかけるが、その山本もまた、ユニフォーム姿。試合が始まれば自らもスタメンの1人としてコートへ出ていく。
試合が始まればポイントガードとして働き、自らがコートにいるときは、ベンチにタイムアウトや交代のタイミングを指示。ベンチに戻ると、今度は試合から目を離すことなくコーチのライセンスとマスクをつけ、コートサイドで指示を飛ばしていく。1時間30分ほどの試合の間、座るのは交代メンバー用の椅子に座って待っているときと、わずかにハーフタイムのときぐらいだろうか。あとはコートと、コートサイドで立ち続け、指示を出し続ける。
精神力と集中力、思考力、判断力を常に100%以上で働かせているのではないか、という“選手兼監督”の姿がそこにはあった。
だが、プレイヤーのときとコーチのときの切り替えには苦心してきたという。
「そこもバランスです。この1年間ずっと苦労してきたところでもあります。シーズン前半にはプレイヤー感覚が強くなりすぎていました。現状の把握や解決策の考案、実行がコーチの仕事だとしたら、プレイヤーとして試合に出ていると、目の前でいろんなことが起こるので、夢中になり過ぎてタイムアウトが遅れるとか、すべての判断が遅れてしまうんです。一方で、コーチの頭が強くなりすぎると、コートでの動きが消極的になってしまいます。それがインカレ予選で2位になってしまった要因でもあります」
チームにはもう一人、#18小原(4年・SG)が最上級生の主力としてコートに立つ。2人で「自分たちが倒れたらその後ろに頼れる存在の人はいない。プレイヤーとして出ている時はやりきろう。練習とかじゃなくて、思い切って自分たちがやれているかどうかの問題」と、2位になった反省から確認しあった。またコーチとしての思考が遅れてもいいように、ベンチとタイムアウトの基準を細かく共有することもしている。試合中もマネージャーたちと何度も確認しあっていたが、自分がコートに立っているときは、相手がどんなプレーをしてきているのか、どの選手がどんな動きをしているのか、コーチの仕事の一つである現状把握をベンチに委ね、対応できるように工夫してきた。
そんな取り組みでインカレに臨み、最後は下級生の思い切りの良さも出て、もぎ取った全国1勝はまさに悲願。かけがえのない1勝だった。だが、トーナメントに進出するにはもう一つ勝たなければならない。次の対戦相手は北陸大。向こうは1敗しており、負けられない思いで挑んでくるはずだ。
「今回はチャンスと同時に、緊張もするグループに入ることができました。当たって砕けろというような強者ではなく、どちらのチームもちゃんと勝負ができる相手です。ステージ突破のかかる次のほうが難しくなるかもしれないですね。でもまだみんな全然満足していないし、やってきたことを出せていなくて、点が伸びていないこともわかっています。もっとできるし、面白いバスケができるチームなので、次を楽しみにしています」
1勝という悲願を達成し、もう一つ新たな扉を開けられるか。ステージ最終戦にも注目だ。